大甲媽祖巡行及びそれに伴う信者の巡礼

毎年旧暦3月の「天上聖母」媽祖の巡行及びそれに伴う信者の巡礼は大甲鎮瀾宮の一年のうちで最大で最重要な行事であります。この行事は、創建時の湄州への巡礼に始まったもので、当時は大安港或いは温寮港から直接行ったものです。清朝時代には12年毎に行われ、日本統治時代まで引き続いて行われていました。大安港が廃港になった後、日本政府は台湾海峡両岸の往来を禁止したため、ついに清朝末民国初めに湄州巡礼が行われなくなりました。後に大甲と北港の牛の市を行き来していた牛の仲買人達の経済活動に便乗し、民間の祈願成就による神恩感謝の宗教行事として、大甲で媽祖巡礼団が結成され、北港の朝天宮への巡礼が始まったのです。

陣頭(媽祖の御輿の列においてパフォーマンスを行う民俗芸能団体)の紹介

報馬仔(斥候:セッコウ)
報馬仔(斥候)は巡礼団の急先鋒で、前方道路の安全か否かを随時媽祖に報告し、一路銅鑼を鳴らし、信者に沿道の住宅洗濯物をしまわせ、また、線香と供物の準備をさせて媽祖を迎える準備を促す役目を果たすものです。

頭旗(陣頭旗)、頭燈(陣頭提灯)、三仙旗
頭旗(陣頭旗)は媽祖を代表する、杏色の正方形の旗です。その上には、「大甲鎮瀾宮天上聖母、頭旗、(謁祖)遶境進香」(「大甲鎮瀾宮天上聖母、陣頭旗、(媽祖への謁見)巡行巡礼)」)の文字が刺繍されています。竿頭には赤瓢箪の木彫が施され、行進時に旗手は両手で旗を持ち、旗はその面を前に向けます。頭燈(陣頭提灯)は巡礼団の目を表し、また光明をも表します。提灯には八仙人が描かれており、また、「大甲鎮瀾宮天上聖母、(謁祖)遶境進香、合境平安」(「大甲鎮瀾宮天上聖母、(媽祖への謁見)巡行巡礼、各地平安」)の文字が書かれております。提灯を持った者は陣頭旗の両側に立ちます。「三仙旗」は頭旗(陣頭旗)の助手を務めるものです。中間にある黄旗は媽祖を代表し、旗の面には「大甲鎮瀾宮天上聖母」と書かれています。その両側には護衛の役割を果たす青旗が配置され、旗の面には「大甲鎮瀾宮(謁祖)遶境進香」(「大甲鎮瀾宮(媽祖への謁見)巡行巡礼)」)の文字が書かれ、竿頭にも赤瓢箪の装飾が施されています。しかし、線香はさされておらず、行進時は旗手の肩の上に置かれています。

開路鼓(先導太鼓)
巡礼団の先頭を行く小楽団で、巡礼団の出発と同時に沿路笛太鼓を鳴らし、信者に巡礼団の到来を告げるものです。

特組自行車 (特設自転車隊)
自転車隊は厳粛さを求められ、男女隊員は一律着帽、白の上着で同色のネクタイをしめ、カーキー色の長ズボンをはき、白の手袋をつけ、厳粛に行動しなければならず、巡礼の模範隊と言われています。

刺繍旗隊
鎮瀾宮の刺繍旗隊は全国最大の規模を誇っています。民国五十二年(1963年)に成立したもので、設置の目的は媽祖巡行にともなう巡礼団の陣容を拡充するもので、逐年その数が増え、かつては360余本に達したこともありました。

福德彌勒團
福德彌勒團は、土地公(道祖神、)玉女(仙女)と三人の羅漢より成り立っています。これらの神々は、道祖神の先導によって沿路、手に富をもたらす意味の元寶(中国古代の貨幣)を携え行進します。

彌勒仏團
この団体は、三名の弥勒仏よりなり、沿路酒を飲み、何の憚りもなく爆笑や罵倒をし、大きなお腹はいかにも気宇壮大な大人(:タイジン)の模様で人々の笑いを誘うものです。

太子團
この団の主神は三太子哪吒(なた)です。太子はきかん坊でやんちゃなので師匠の濟公が愛の教育を施します。ですから、沿路は笑いやふざけた行為が絶えません。また太子團はおしゃぶりを交換する風習があり、信者で新生児のいる親たちはおしゃぶりを買い、太子團の持っているおしゃぶりと交換し、或いは、太子團からおしゃぶりをもらい、新生児にしゃぶらせて無病息災を祈ります。

神童團
2人の神童は幟旗の引導のもと、沿路飛んだり跳ねたりしながら道を聞きまわり、その動作は非常に可愛いものです。

哨角隊(角笛隊)と馬頭鑼(馬頭銅鑼)
もともと角笛は2本しかありませんでしたが、毎年だんだんと増加し、現在では60本を数えます。馬頭銅鑼が13回鳴らされると、角笛もそれに従って吹かれます。通常13回吹かれるのが習わしですが、橋を渡るとき、墓地を通過するとき、或いは喪に服している家の前を通過するときには、銅鑼がひっきりなしに鳴らされ、邪鬼や悪魔を駆逐するものとされています。

卅十六執士(三十六執士)
執士隊は現在は一対の龍鳳旗と十二面の立て看板と十八種類の武器を持っています。龍の頭の杖は先頭に位置し、鳳の尾は最後方に並びます。行進中、喪中の家に差し掛かると執士は前後両方に散開して媽祖の大御輿を真ん中にして護衛し、邪鬼や悪魔、又は冤罪で死んだ人の魂が道を遮り媽祖に訴えるのを阻止するのです。

轎前吹(御輿の先導楽隊)
御輿の前を行く楽隊は哨吶(ラッパの一種)、吊鼓(吊り太鼓)、鈔鈸(打楽器の一種)と小木魚で構成されています。御輿の先導小楽隊です。

涼傘と令旗
涼傘とは沿路太陽を遮り、媽祖が涼を取れるための傘です。古代には「万民傘」と呼ばれており、別名「華蓋」とも言われています。令旗は旗の一種で、邪鬼を払うものです。

大轎(大御輿)
媽祖の大御輿は巡礼団の中心をなすものです。大御輿の行く先々では爆竹が耳をつんざくばかりに鳴り響きます。民間の伝説では、大甲媽祖の大輿は霊験あらたかであるため、八日間の巡礼期間中、多くの人がそれを触ったり、担いだりして霊験にあずかるのを楽しみにしています。

進香旗(巡礼旗)
巡礼旗は巡礼参加者個人を代表する旗です。この三角形の小旗には二つの鈴がつけてあります。この小鈴は夜間の巡礼で視線がよくない時に巡礼者がこれを鳴らし、お互いにはぐれないようにするためのものです。また、旗には各地の廟の護符や呪文が結ばれており、もろもろの神に個人と家族の平安を祈求するものです。

搶香 (巡礼挙行主催の任を競う行事)
言い伝えでは、清朝時代には大甲の五十三の庄(庄:村に相当)の責任者の初会合では、五十三の庄が一年ごとに持ち回りで媽祖巡行に伴う信者団の巡礼の行事を主催することにしようということでありましたが、五十三年に一度主催の役が回ってくるのは時間的に長すぎること、また、各庄ごとの貧富の差も大きく、もしもある庄の責任者が巡礼行事の費用を負担できなくなってしまった場合には巡礼が中断する恐れがあるため、搶香という巡礼行事主催の任を競う方式が取られるようになったのです。そして、主催を目指す庄の庄頭(責任者)が頭香(一番の責任者)、貳香(二番目の責任者)、参香(三番目の責任者)の名義で巡礼行事の一切を取り仕切ることになったのです。

十大典禮 (十大儀式)

毎年の大甲媽祖巡行の日付けは一定ではなく、その年の元宵節(旧暦の一月十五日)に本宮の会長が竹製のひし形の「筊筶」で出立の日時を決めることになっています。一連の八夜九日の巡行及びそれに伴う巡礼行事は、伝統に従って色々な儀式を行います。即ち、「筊筶」(竹製ひし形筊筶での占いの儀式)、豎旗(旗を立てる儀式)、祈安(平安祈願の儀式)、上轎(媽祖の神像を御輿に鎮座させる儀式)、起駕(出立の儀式)、駐駕(途中で御輿を下す儀式)、祈福(幸福祈願の儀式)、祝壽(生誕祝賀の儀式)、回駕(御輿を本宮に戻す儀式)、安座(媽祖の神像を宮に再び安置する儀式)等の十の主な儀式を行います。それぞれの儀式は規定の順序、場所と時間に従い荘重に行われます。